解散総選挙の最大目的は「集団的自衛権」運用にある!

安倍晋三首相が伝家の宝刀を抜き、解散総選挙が実施される運びとなった。民主党政権時に決まった「消費税10%への引き上げ」を平成29年(2017年)4月まで先送りすることを決定し、この判断について国民の信を問うために解散総選挙に踏み切ったと安倍首相は説明する。だが「解散総選挙」の本当の理由は、果たしてそれだけなのだろうか。

飯島勲参与の策謀

11月2日放送、読売テレビの人気番組『たかじんのそこまで言って委員会』に出演していた飯島勲内閣官邸参与が番組の途中でとつぜん「衆院は12月2日に解散して14日に総選挙が行われる」と爆弾発言を行い、出演していた人々だけではなく、スタジオ全体が大きくどよめく瞬間があった。同席していた辛坊治郎は「すごい。もう日程まで決まっている」と叫び、加藤清隆氏は「飯島さんが言うと、影響力が大きいから」と唖然とした表情を浮かべた。

じっさいに衆院が解散したのは11月21日だが、12月2日公示、14日投開票で、飯島勲の「予告」は的中している。「飯島は官邸参与だから、首相周辺の雰囲気として理解していたのだろう」と思っている人も多いようだが、事情通はそうは考えていない。

「番組の途中で飯島参与はメモを受け取り、そのメモを見ながらとつぜん解散総選挙を口にした。ふだんの飯島氏のやり方から考えて、あの時点で安倍首相が解散の決意を固め、番組の最中に手渡されたメモでそれを知った飯島氏が、あえて暴露したと考えられる」(週刊誌記者)

安倍首相の「解散の意」を知った飯島氏が、それを番組の中で明らかにしたという見方だ。だが飯島勲の動向に詳しい人物は、もっと突っ込んだ見方をしている。

「今回の解散総選挙は間違いなく飯島勲の策謀だ。小泉純一郎の『郵政解散』も飯島が仕掛けたものだが、今回はあのときのような強烈なインパクトがない。何のための選挙か、誰もわからない。インパクトが弱いこと、選挙の意味がわからないから興味が起きないこと、それこそが飯島勲の狙いではないのか」(永田町の事情通)

解散総選挙の真の狙いは何か

安倍首相は「消費税率10%への引き上げを2017年4月まで先送りする」考えを明らかにしたうえで、「こうした判断について国民の信を問うため衆院解散・総選挙を断行する」と表明。今回の解散を「アベノミクス解散」と呼んでいる。しかし新聞TVマスコミの多くは、安倍晋三の経済政策「アベノミクス」だけでなく、日米・日中・日韓を巡る安倍政権の「外交政策」、さらには「憲法改正を睨んだ解散」を今回の総選挙の目的だと解説する。視野狭窄のマスコミの中には、議員辞職直前にまで追い詰められた小渕優子を救うための選挙なのだと、したり顔で解説する者までいる。

「抜き打ち選挙で敵が態勢を整えないうちに圧勝し、今後の国会運営をやりやすくする選挙」と分析する評論家も多い。この見方は間違いではないだろう。しかし今回の解散総選挙の本丸は、集団的自衛権にある。マスコミや評論家はそれを理解しながら、集団的自衛権の話をしたがらない。

集団的自衛権運用に向けて

元外交官で、安倍晋三のブレーンの一人と目されていた岡崎久彦は、7月に集団的自衛権が閣議決定されたとき、「これで安倍政権は安泰だ」と涙を流して喜んだという。その岡崎久彦は10月末に逝去してしまったが、米国に追従、いや隷属するような集団的自衛権行使容認とは、彼が大喜びするほど重要なものなのだろうか。安倍の目標が憲法改正にあることは、岡崎自身もよく理解しているはずだ。憲法改正を遠望したうえで、まず米国の要望である集団的自衛権を受け入れるべきだと岡崎は考えていたようだ。

安倍晋三は第一次安倍政権以来、終始一貫して「憲法改正」を口にしてきた。今年に入って「憲法改正」を封印し、集団的自衛権行使容認に走ったのは、米国からの要請があったからだ。しかし集団的自衛権だけでは身動きがとれないことは、安倍も重々理解している。7月の閣議決定に関しても、「解釈の変更については、それは憲法改正をしなければ、これ以上はできないということだろうと思う」と述べ、現憲法下ではさらなる解釈変更はできないとの考えを示した(朝日新聞デジタル11月26日)。近い将来、憲法改正論議が繰り広げられることは間違いないが、まず当面は米国の要請に応えて集団的自衛権を運用するところにある。

8年前の平成18年(2006年)9月、小泉純一郎長期政権の後を継いだ第一次安倍内閣で、52歳になった直後の安倍晋三新首相は「美しい国、日本」「戦後レジーム(体制)からの脱却」を掲げ、華々しいスタートを切った。「戦後レジームからの脱却」というスローガンは、第二次安倍政権も継承している。

「戦後レジームからの脱却」という言葉に、私たちは何ら違和感を覚えない。来年(平成27年・2015年)は戦後70周年の節目に当たるし、そろそろ本格的に「戦後体制」という殻を脱ぎ捨てたいと思うのは、ごく普通の考え方だ。

だが世界、とくに米国はそう考えていない。「戦後レジーム」という言葉の前に暗黙の形容詞が付いていることを世界の人々は知っている。日本の「戦後レジーム」とは、すなわち「米国が作った戦後レジーム」なのだ。安倍首相がどう考えようが、日本の国民がどう思おうが、「戦後レジームからの脱却」とは、「米国から押し付けられた体制から脱却する」という意味だと理解されている。

安倍首相が訪米した折り、オバマ大統領との会食も用意されず、共同記者会見も開かれなかったことからも、米国が安倍首相の「戦後レジームからの脱却」という言葉に過敏な反応を見せていることが理解できる。

米国から望まれた集団的自衛権の行使容認は、米国に忠誠心を示すものであり、それは「戦後レジームからの脱却」という言葉の反対側にある。「集団的自衛権行使容認」は「米国製戦後体制脱却」をヘッジするものと考えればわかりやすい。岡崎久彦が「これで安倍政権は安泰だ」と喜んだ意味が理解できる。

集団的自衛権行使容認の閣議決定で米国が納得したのだから、もうこれで大丈夫と思いたいが、じつは問題はこれからである。集団的自衛権行使のためには今後、さまざまな法案細則を立案し、国会を通さなければならない。だがそこに与党内部の壁が存在する。

公明党の内部事情

今回の解散総選挙の本当の狙いは集団的自衛権運用にある。マスコミや評論家の中にも、それを理解している者がいるのだが、問題は与党の一翼を担う公明党に関係するため、表現に苦慮し解説されていない。

すでに本紙は今年8月7日に、「『集団的自衛権行使閣議決定』のウラに見えるもの」という記事を掲載しているので、詳しくはこれを再読願いたいが、ひと言で言えば公明党内部は一丸ではなく、集団的自衛権に積極的賛成ではない勢力、どちらかというと反対の勢力が混在している。

来年には集団的自衛権行使に関する法案、細則が作成される。それらを国会で審議し、可決成立させなければ、安倍首相は「戦後レジームの脱却」を行う前に、さまざまな圧力により追い落とされるだろう。

7月の集団的自衛権閣議決定に際しては、自民党・高村正彦副総裁、公明党・北側一雄党副代表、内閣法制局・横畠裕介長官による三者会談で結論が出された。高村、北側は共に弁護士、そこに法制局長官を加え、法的には完璧なものとして閣議決定された。もちろん異論を唱える諸氏もいるだろうが、ここまでは手続き的にも法律的にも完璧である。しかしその運用に関する細かな法案となると、異論が噴出する可能性は高い。

何しろ「自衛権」という問題に関しては、これまでは砂川事件(昭和32年7月)の判決しか存在していないのだ。

このとき最高裁大法廷で裁判官の田中耕太郎長官が下した判決文の中に、「憲法第九条は、日本が主権国として持つ固有の自衛権を否定しておらず、同条が禁止する戦力とは日本国が指揮・管理できる戦力のことであるから、外国の軍隊は戦力にあたらない」とあり、これがわが国唯一の「自衛権」に関する判断とされてきた。

来年以降、安倍首相サイドが提出する集団的自衛権行使に関する法案の一部に対し、公明党が異論を唱える可能性は多分に存在する。与党内で決着しなければ、法案の提出など不可能になる。

万一、公明党が与党を割って出ても、自民党単独で法案を可決することができる安定多数を確保すること。それが安倍晋三・飯島勲が策謀した今回の総選挙である。

もっとも公明党内部には、与党を割って出ようとする勢力はない。与党から外れると、宗教法人問題その他で創価学会が苦境に陥る可能性があり、真正面から自民党に敵対しようとはしないだろう。ただし、与党として内部で法案に修正圧力をかけてくる可能性がある。

自民党は単独で安定多数を確保できるか

12月14日に設定された投票日、そして論点の乏しい選挙――。投票率が低水準に終わることは火を見るよりも明らかだ。投票率が低いと、いわゆる浮動票の数は激減し、組織票がモノを言う。飯島勲の目論見は、間違いなくそこにある。

だがそれは、自民党の圧勝を保証するものではない。

一般論として、組織票がモノを言う選挙では、共産党と公明党(創価学会)が有利となる。また前回の衆院選(平成24年12月)では、第三極を狙う野党が林立した結果、票を食いあい、結果として自民党が圧勝した。今回は野党が結束し、一強・自民党に戦いを挑む選挙区も増えて、決して自民党に有利だとは言い切れない。

さらに自民党にはマイナス要因がいくつかある。

日銀の金融緩和により大幅な円安が起こり、それがエネルギーに限らず輸入品の価格高騰を招いている。牛丼の吉野家に代表される外食産業は悲鳴を上げ、都市部はともかく地方は見るも無残な状況。農村政策に対する怒りは「反自民」の結束を招いている。一部の一流企業は賃上げで社員の懐が潤っているが、大多数の中小企業では実質的賃金がダウンし、今後の負担増を考えると、若者に未来が見えない。自民党が予想外の敗北となる可能性は、低いものではない。

そのリスクを背負って、それでも安倍晋三は解散総選挙に討って出た。

策士・飯島勲は12月2日公示から14日の投票日までに、何かサプライズを引き起こす可能性がある。それが何か、まったくわからない。日経平均が1万8000円を遥かに超えるのかもしれないし、対中、対韓で日本中が沸きあがる外交政策を見せるのかもしれない。拉致問題解決に向けての衝撃的展開があるのかもしれない。

この半月の間に、日本中が仰天するサプライズが起きる可能性は十分ある。何が起きるのか、期待を籠めて見守ろうではないか。■